ポリアミンとは
ポリアミンは、さまざまな生理活性を持つ低分子有機化合物です。まだ一般にはあまり知られていないのですが、最近、急速にその有用性が明らかになってきています。
われわれの体の中には、もともと天然ポリアミンが存在しています。1971年には、病気の進行度合いと尿中のポリアミン量に相関性があることがわかりました。
特にこの時には、ポリアミンの量的変化を追っていけばガンの進行度合いがわかるという論文が発表されたのです。それからにわかにポリアミンの研究が盛んになってきました。
その後、ポリアミンの代謝経路が解明され、病気になると血液中、体液中のポリアミン量が増すことがわかりました。
すなわち、ポリアミンのホメオスタシス(恒常性)で正常と異常がわかるようになったのです。ガンに限らず、細胞機能の異常を伴う病気であれば、ポリアミン量との相関性が出てくるのです。
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1980年頃までは優れたポリアミン合成法はまったくなく、1988年になって、合成ポリアミンが制ガン効果を有するという最初の論文が発表されました。
病気、難病に効果を発揮 ポリアミンは、その中にいろいろな金属を収納できます。大きければ大きいほどイオン半径の大きな金属を収納することができます。金属イオンと有機物のコンプレックスを作るわけです。
また、炭酸ガスを取り込む他、燐酸基やカルボン酸基を取り込んだりするので、有機化学的な官能基とも非常に相互作用が強い。言い換えると、分子認識力があるので、環状ポリアミンの利用価値は潜在的に高いのです。
環状ポリアミンは通常の化学的な結合力の他、いわゆる静電的な力でお互いを認識する機能が賦与されています。例えば海水中からウランのイオンだけを回収するというポリアミンを成形することも可能となります。万が一、ウランのような物質が漏れた場合、放っておくとどんどん拡散していきますから、それを環状化したポリアミンで回収する。
要するにイオンに対して特異性のある分子認識ですから、環の大きさを調整することで、特定の物質に強く相互作用するものを作ることが可能になるわけです。
環状化したポリアミンには、いろいろな用途が考えられます。例えば、環状化ポリアミンがエイズに効くという論文が1992年に発表されました。環状ポリアミンを2つ重ねてスペーサでつないだ分子がエイズに効くというのです。これは積層型分子と呼ばれており、免疫細胞にエイズウイルスが入るところを阻害する機能があることが、最近になって明らかになりました。
このようにいろいろな環を組み合わせてやると、1つだけでは達成できなかった新たな機能が期待できます。面白いところでは、ポリアミン化合物が眠り病と呼ばれるアフリカントリパノゾーマ(嗜眠性脳炎)に効くという研究も始まりました。
まだ最近の研究ですが、細胞の壊死、例えば脳梗塞などで酸素が届かなくなって脳細胞が死ぬ時にも、ニューロン細胞でのポリアミンのホメオスタシスが崩れていることが明らかになってきました。
ポリアミンがニューロンでのイオンの出入りをコントロールすることにより、イオンチャンネルの引き金役物質の一翼を担っていることがわかってきました。このため、この分野の研究が急速に展開されています。このことはポリアミン研究史上、近年最大のトピックと言えます。
具体的には、ポリアミンがNMDA受容体をコントロールしているということです。
NMDA受容体が開きっぱなしになるとイオンが入り込んで細胞は死んでしまいます。逆に閉じっぱなしでも今度は細胞が麻痺して死んでしまう。アルツハイマー症でもパーキンソン氏病でもイオンチャンネルの調整異常が問題の核心部分であると思われます。
現在研究者は 生体内で機能が低下した部分をコントロールできるポリアミン の合成を目指しているのです。そして、現在対策のない、ガンやエイズ、アルツハイマーといった病気の解決を狙っているわけです。
作った合成物は、生理活性をチェックできるところにお願いすれば、いろいろな機能を確かめてくれます。例えば国立がんセンターでは、制ガン剤のスクリーニングを実施しています。
まだまだ広がる可能性
従来のゲノム解析は耐熱性DNAポリメラーゼを用いたサイクルシーケンシングという方法でやっていました。これは温度の上げ下げを多数回行うシーケンス方法です。ところが、林崎プロジェクトリーダーのところでは、DNAポリメラーゼではなくRNAポリメラーゼで、シーケンス反応を行うという新しい手法が考案されました。この新手法だとPCRで鋳型調製後、精製を行わずシーケンス反応が実行できるし、従来の方法に比べて飛躍的に時間を短縮することができます。私が合成したポリアミンを加えることでポリメラーゼの活性を高めた結果、従来のものに比べて4倍程度、標識した塩基を取り込む速度を高めることができたのです。
超構造分子とは
超構造分子というのは、ポリアミン系の化合物を有機材料として使おうというものです。デンドリマーといっているのですが、ポリアミンを樹木状にたくさんつなげて、総体として球状に見えるものにする。このような分子の機能が非常に期待されているのです。ポリアミン以外のデンドリマーの研究も近年盛んです。
デンドリマーはデンドロンと呼ばれる小単位から構成されているのですが、。この高分子は真ん中に空洞部分がたくさんありますから、例えばここに揮発しやすいものを入れておくと蒸発しにくくなる。
したがって、薬を中に入れておけば少しずつ溶け出してくるようになったり、化粧品を入れておけば長く匂いが保たれるといったことにも使えるかもしれません。蛍光物質を埋め込んでおけば長く光らせることもできるはずです。
また、デンドリマーの周辺部を活用することも可能です。簡単な分子とは異なり、他のデンドリマーとの間で相互作用をたくさん起こすことができるからです。デンドリマーをならべて電子の授受などをすれば、従来の回路をもっとコンパクトにした新しい回路、分子回路というものが可能になるかもしれません。そういう夢の回路のようなものをどういう格好で実現するか。興味は尽きません。
ポリアミンは生理作用の研究が盛んになってからまだ日が浅いのですが、この研究開発によって、これからも続々と新しい作用物質が生み出されていくでしょうし、大きな可能性のある領域だと思います。